2006年09月01日

Brett Whiteley

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Brett Whiteleyは現在オーストラリアでもっとも尊敬されるアーティストの1人です。。彼はその叙情的表現主義と自由な表現方法で、オーストラリアのavant-grade movementの第一人者として知られています。数々の賞を受賞し、また、Tate Gallery(London), National Gallery of Australia(Canberra), Museum of Modern Art(NY)などの多くの著名なギャラリーにその作品が展示されています。

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1939年シドニーに生まれ、7歳で既に最初のアートコンペで賞を獲得します。その後も順調にアーティストとしてのキャリアを重ねていきます。21歳の時彼はオーストラリアを後にし、ロンドンに活動の場を移します。1962年の第2回パリ青年ビエンナーレ展(International Biennale for Young Artists)でグランプリを受賞してから、彼の名前は全世界に広まることとなります。ちなみに、1969年第6回パリ青年ビエンナーレ展(パリ)版画部門では横尾忠則さんが「責場」でグランプリを受賞しています。

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この時期、彼の個展がオースラリア、フランス、ベルギー、イタリアなど、世界中で開催されていました。Whiteleyの絵は海外滞在中に急激な展開を見せることが多く、抽象的・流動的なスタイルが次第に描写的な手法に変化したり、sexやviolenceなイメージに結びつく絵を描いたりしています。また、ファイバーガラスや写真などの素材とのコラージュなどにも挑戦しています。

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70年の始め、WhiteleyはシドニーPotts Pointのアート集団The Yellow Houseの活動の中心また、avant-grade movementの中心として脚光を浴び、アーティストとして順調な活躍を見せていました。1974年ワシントンで開かれた世界万博でも彼の個展が開かれましたが、その時期のインタビューでWhiteleyはアルコール依存から薬物依存へと移行したと述べています。

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しかし、その後も70年代から80年代にかけて様々な賞を受賞したWhiteleyは1978年にはオーストラリア人アーティストとしては初めてのSilman and Wynne art Prizes Archibald賞(オーストラリア国内でもっとも重要かつ名誉ある賞となっている)を受賞。また、1984年にも2度目の受賞を果たしています。晩年のWhiteleyはバリ、東京、イギリス、パリなど世界中を旅し1992年NSWのアパートでヘロインオーバードーズのため死亡しているのが発見されました。

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そんなWhiteleyの作品が8月29日、シドニーのSotheby'sのオークションで$2.04mで競り落とされ、オーストラリアの最高落札額を更新しました。しかし、その落札された絵の評価については様々な意見があるようで、「『Frangipani and Hummingbird』はWhiteleyの特徴である、青、花、鳥などの要素を取り入れてはいるが、作品としての完成度としてはかなり低い」と述べるものもいるようです。また、それを裏付けるように、Whiteleyは彼の最期の10年間に、病的ともいえるほどのコレクターが希望する商業画ばかりを描いており、その評価も様々で、今回の落札に関してオーストラリアでは多くの議論が行われているようです。

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かれの作品を縮小したBrett Whiteley Studio の入り口のドア


posted by takita at 21:53| Comment(0) | TrackBack(0) | artist | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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