2006年07月08日

アーティストであり、アート評論家であるということ 〜その2〜

私の絵に関して言えば、それらの絵は正確には私のものではありません。私の妻でモザイクアーティストであるEmma Biggsとの50%づつのコラボレーションです。絵は私が描きますが、レイアウトや色の構成などは私の妻の担当です。常に50%の対等な関係で、その担当が代わることはありません。私の妻が絵を描くことはありませんし、私は彼女の配色に関して決して口出すことはありません。私はよく、絵のある部分に関してなぜ、そのように描かれているのかきちんと理解せずに描くことがあります。そして、そのなぜの答えが描き終わったはるか後に「Logic」として結びつくのです。

絵は「idea」ではなく真の「visual」なものであるので、「Logic」は語弊を招く言葉かもしれません。しかしその一方ではvisual intelligenceという言葉もあります。私たちは焦点をあてたり、内から光あてたりなど、どのように絵をよく見せるかを考えます。私たちの狙いは、緻密に構成された中世のフレスコ画のように絵を描くことです。そして、その絵の中から見つけ出した本当の絵の価値を文章で具現化するこで視的価値の重要さと結びつけるのです。

私は絵を描くということに関して、あまり自分の考えからかけ離れないようにしています。以前、修士課程を学ぶために大学へ戻った時、教授から違うアイディアを重ねていくのではなく、アイディアを考え抜くようにというアドバイスを受けました。しかし、その結果そのアイディアはだんだんと溶け出していきました。それはもしかしたら、私の評論家としてのものの見方のせいで、様々な可能性を取り入れすぎた結果だからかもしれません。それからは自分の絵に関してどのように評価するかの判断は他人に委ねることにしたのです。

批評家にどのように判断されるのか、怖くないのか?もちろん!私は、自分自身に対する素晴らしい批評を何度も何度も心の中で繰り返しています。「アート界の異端児!力強く、世界中が納得する作品。Emma Biggsの繊細な色使いと Coliingの
目を見張る大胆な発想。その2つか溶け合ってアート界に旋風をおこす!!素晴らしい!」

現実は痛みを伴うものかも知れません。でも、その分まだ夢を見つづけることができるのです。私の絵の部分から批評部分が削ぎ落とされて始めて本当のアーティストになったような気がします。


6/14 Times On Lineより
Matthew Collings 著


posted by takita at 05:08| Comment(0) | TrackBack(0) | news | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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