2006年06月20日

アーティストであり、アート評論家であるということ 〜その1〜

長い間、わたしはアーティストとアート評論家としての二重生活を送ってきました。約30年間アート評論家として執筆活動を行い、その一方でアーティストとしてスタジオで作品を制作し続け、個展も行っています。先週もBond Streetのギャラリーで抽象画の個展がオープンしたばかり。ギャラリーの窓には私の名前が張られており、ほとんどの作品は既に売却されました。どうしてこのようなことが可能なのか?片方の技術がもう片方を刺激するのか?それとも・・

事実、私は少々特異なアート評論家です。最近、月1回コラムを書いているアート雑誌 "Modern Painters"の中で、「2100万の人々は間違っている。」というタイトルのコラムを書きました。この記事の内容はTate Modernでの成功を手伝った最初の5年間について書いてものです。私は、1970年代に絵画を学ぶ為に美術学校に通っい、だんだんと現代アートの世界に引き込まれていき、絵を描いて生きていこうと心に決めていました。しかし、一方では批評もしたかったのです。しかし、私は自分自身が退屈な世界に身をを置いている現実に気が付いたのです。それは、さほど魅力的ではないオブジェをさも興味のあるように眺める世界、また、閉鎖的なアート評で正当化するだけの世界。私の文章は、常々「酷い」「滑稽だ」「極論」などとの酷評を受けてきた。

作品の描写はほどほどに、そして、明確なコメントと共に、ジョークで人々の気持ちを傷つける。これが私のスタイルですが、ただ感情の放出をしている訳ではありません。最終的な目的はあくまでも、アートの裏側を伝えること。ただ表面上の描写だけではなく、アート自体が何を訴えかけているのか、また、アートの繊細な表現を伝えることです。アートに関して知識のない人々や興味のない人々に、できるだけ分かりやすくアートの良さを伝えたい、これが私の願いです。多くの人々にとってアーティストというのは、シリ・ハストベットの小説に出てくるような世界に住んでいると思っているようです。美しいモデルを見て、インスピレーションを受ける。そして、何故かその美しいモデルを一夜を共にする・・そして、その後発表される作品では、その人生における複雑な心情を表している。。それに対する私の見解は、「そんなことがあるかもしれない。ただし、私は全く経験したことがない」でした。

6/14 Times On Lineより
Matthew Collings



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