2006年09月13日

法改正によるアメリカの美術館の憂鬱

今アメリカでは、国内の有名な美術館のディレクター達が、8月に承認された連邦税改正に反対するためのロビー活動に動き回っている。今回の法改正が施行されれば、新しくアートを購入するにあたって大きな損害を与えると訴えている。ブッシュ大統領が8月17日に署名した年金保護条例の改正案では、Fractional giving(分留贈与)と呼ばれる、コレクターが美術館に寄贈する際に最も普及している方法に大きな影響を与えることとなる。現行の法のもとでは、このFractional givingという方法を利用すれば、「寄贈」という形をとりながらも、実際は寄贈者の所有物という扱いが可能である。しかし、実際寄贈者のなかには巨額の納税控除を受けなたにも関わらず、実際には作品を美術館に寄贈ぜずに、自宅で楽しんでいたというケースもあった。しかし、今回の法改正でもうそのようなこともできなくなる。

Fractional givingでは、寄贈者がアートそのものの価値の何パーセントかを美術館やチャリティーに寄付できる仕組みになっている。例えば、アートそのものの価値の20%を美術館に寄付すれば、寄贈者はそれと同じ額の税金の控除を受けることができる。それと同時に、美術館はそのアートの20%または、362日の20%である73日分の所有権を有することとなる。しかし現実には、美術館は展覧会などで必要な時以外はその権利をほとんど放棄した状態で、実際は寄贈者自身が保有している場合が多い。また、Fractional givingの方法をとることで寄贈者は引き続き長期に渡り税金の控除を受けることができる。しかし美術館にとってもそのメリットは大きい。美術館は、Fractional givingが終了した時点で、そのアート作品が最終的には100%美術館の所有となる。

現在のアメリカの美術館ではその作品の80%が寄付によって補われている。しかし、その中でFractional givingで寄贈されるのはほんの10%である。しかし、その10%のFractional givingの中でとても高価で歴史的にも価値のある作品が寄贈されている。実際、Museum of Modern Artにあるセザンヌの"Boy with a Red Vest"、Houston Museum of Artにあるマグリットの"Kiss"、Metropolitan Museum のAnnenberg Collectionに至っては印象派、後期印象派の53の作品がFractional givingという形をとって寄贈されている。

MoMAのディレクターであるGlenn Lowryは、今回の法改正がこのまま施行されてしまえば、今後の美術館への寄付が激減し危機的状況の陥るとみている。「私たちのように私的慈善に頼っている体制の中では、市場で売買するよりも寄付という方法が最も有利なメカニズムだと人々に促すことがとても重要なのです。」と述べている。「寄付することによる利点が減ってこれば、その分寄付する人も減ってくる。もしくは、寄付出来なくなる可能性もある。」「いくら資産家と言えども、何億ドルとする絵画を寄付するとなれば、その金額は彼等の資産の大きな部分を占めることとなる。」

上院財政委員会の首席弁護士であるDean Zerbeは、以前のシステムは不正行為がはびこっていたと述べる。「大資産家は、寄付により巨額な控除を受けた上に、そのアートを自宅に保持していました。そして公共の目にさらされるのは何十年も後のこと、もしくは、全く目にさらされる可能性がない場合もあるのです。」彼は、今回の法改正は極めて常識的範囲ないの変更であると述べています。

しかしMS.Lowryを始めとする美術館関係者は、そのような不正は行われてはなく、また、そのような不正が行われているというのは単なる妄想であり、ただ、2-3件のそのような例で全てを不正と決め付けるような行為はとても理解できないと述べています。

The Association of American Art Museumのディレクター達は、現在上院財政委員会に法改正を訴えるロビー活動を行っており、最終的に妥協案が見つかればと願っています。しかし、議員や会計担当者は全てが理路整然と物事が進むことを好み、もし、控除を受を受けたいのならば、公共が速やかにその利益を受けるべきだと考える。その部分で、議員と美術館関係者の間には大きなギャップが存在するようです。

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2006年09月01日

Brett Whiteley

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Brett Whiteleyは現在オーストラリアでもっとも尊敬されるアーティストの1人です。。彼はその叙情的表現主義と自由な表現方法で、オーストラリアのavant-grade movementの第一人者として知られています。数々の賞を受賞し、また、Tate Gallery(London), National Gallery of Australia(Canberra), Museum of Modern Art(NY)などの多くの著名なギャラリーにその作品が展示されています。

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1939年シドニーに生まれ、7歳で既に最初のアートコンペで賞を獲得します。その後も順調にアーティストとしてのキャリアを重ねていきます。21歳の時彼はオーストラリアを後にし、ロンドンに活動の場を移します。1962年の第2回パリ青年ビエンナーレ展(International Biennale for Young Artists)でグランプリを受賞してから、彼の名前は全世界に広まることとなります。ちなみに、1969年第6回パリ青年ビエンナーレ展(パリ)版画部門では横尾忠則さんが「責場」でグランプリを受賞しています。

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この時期、彼の個展がオースラリア、フランス、ベルギー、イタリアなど、世界中で開催されていました。Whiteleyの絵は海外滞在中に急激な展開を見せることが多く、抽象的・流動的なスタイルが次第に描写的な手法に変化したり、sexやviolenceなイメージに結びつく絵を描いたりしています。また、ファイバーガラスや写真などの素材とのコラージュなどにも挑戦しています。

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70年の始め、WhiteleyはシドニーPotts Pointのアート集団The Yellow Houseの活動の中心また、avant-grade movementの中心として脚光を浴び、アーティストとして順調な活躍を見せていました。1974年ワシントンで開かれた世界万博でも彼の個展が開かれましたが、その時期のインタビューでWhiteleyはアルコール依存から薬物依存へと移行したと述べています。

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しかし、その後も70年代から80年代にかけて様々な賞を受賞したWhiteleyは1978年にはオーストラリア人アーティストとしては初めてのSilman and Wynne art Prizes Archibald賞(オーストラリア国内でもっとも重要かつ名誉ある賞となっている)を受賞。また、1984年にも2度目の受賞を果たしています。晩年のWhiteleyはバリ、東京、イギリス、パリなど世界中を旅し1992年NSWのアパートでヘロインオーバードーズのため死亡しているのが発見されました。

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そんなWhiteleyの作品が8月29日、シドニーのSotheby'sのオークションで$2.04mで競り落とされ、オーストラリアの最高落札額を更新しました。しかし、その落札された絵の評価については様々な意見があるようで、「『Frangipani and Hummingbird』はWhiteleyの特徴である、青、花、鳥などの要素を取り入れてはいるが、作品としての完成度としてはかなり低い」と述べるものもいるようです。また、それを裏付けるように、Whiteleyは彼の最期の10年間に、病的ともいえるほどのコレクターが希望する商業画ばかりを描いており、その評価も様々で、今回の落札に関してオーストラリアでは多くの議論が行われているようです。

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かれの作品を縮小したBrett Whiteley Studio の入り口のドア
posted by takita at 21:53| Comment(0) | TrackBack(0) | artist | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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