2006年07月27日

米国美術大学留学 その2

■専攻
私の通っていた大学では、アートの専攻だけで下記の12種類ありました。アートと音楽に力をいれていた学校だったので、他の総合大学に比べてもかなり数の多いほうです。アートの基礎(歴史・基礎技法・PCなど)までは、全員が同じ科目を学びますが、後半各専門に分かれると各学部ごとに教室が分かれていて、その各スタジオで勉強します。(スタジオの汚さに関しては全世界共通。また、締め切り間際に寝泊りするアーティストの卵たちがうようよ寝泊りしています。)漠然とアートを学びたいと思っている学生は、アートの基礎を学んでいる段階で興味のある授業を受け、その中から後半自分が専門として学びたい学科を選択できます。なので、入学当初から専攻を決める必要が全くありません。

実際私も入学当初はインテリアデザインを学んでいましたが、様々な科目を取得した中で、版画(銅板)と染色に興味を持ち、その2教科を専攻とするダブル専攻にしました。ダブル専攻とは、1専攻で必要とされる単位は約130単位。その中で基礎過程と呼ばれる一般教養の選択授業が約半分。残りの半分がアートならばアートの専門授業ですが、その中でも半分の半分(全体の1/4)はどのアートを専攻したとしても取得しなければならないアートの基礎の授業となります。そのため、残りの1/4が本当に専門を学ぶ授業となるのですが、その1/4の部分だけを私のように、PrintmakinとFibersを取得すれば両方の専門を学んだことなるのです。卒業証書にはBFA(Bachelor of Fine Art)と記載され、その中に何を専門にしたかが記載されます。

●Art History (美術史)
●Ceramics (陶芸)
●Communication Design (コミュニケーションデザイン)
●Drawing and Painting (油彩・水彩)
●Fashion Design (ファッションデザイン)
●Fibers (染色・織物)
●Interior Design(インテリアデザイン)
●Metalsmithing and Jewelry (宝飾)
●Photography (写真)
●Printmaking (版画)
●Sculpture (彫刻)
●Visual Arts Studies (teacher preparation) (視覚伝達)


■単位
卒業するには約130単が必要となります。そのなかの約半数である60単位はアート関連の単位となります。1教科の授業が約3単位。通常1セメスター(1学期)に取れる単位は4-6教科となるので合計12-18単位となります。実際、1学期に無理してたくさんの単位を取得し、夏休みも単位をとれば3年ちょいで卒業することも可能です。ただし、アメリカの授業では詰め込み式の授業で学ぶことは何も無い!と言った風潮が強く、また何か後に社会にでて役に立つことを学んでから卒業したい、という学生が多く、また、ほとんどの学生はバイトとの両立であることから、3年で卒業する学生はほとんどいません。逆に、一度社会にでてから大学に戻ってくる人も多く、仕事、家庭、大学を両立させる為に、無理せず7年かけて大学を卒業した!なんていう人もざらに存在します。

また、専門教科のプロジェクトとなると、実際に企業の雇用担当者が学校にやってきたり、実際就職先として候補となるような企業にお邪魔してその担当者の前で自分の作品をプレゼンテーションします。私の場合、JCPENNYという大手リテーラーの繊維部門担当者の前で、実際自分がデザインしプリントした生地をプレゼンしました。その中で、自分をどのように企業に売り込む課などを学んでいきます。私はダメでしたが、実際そのプロセスの中で作品が買い取られた例もあったようです。
これは、面接の際にも役立ちましたし、そのようなやり取りの中で様々な人とのコネクションが出来てくるので大変有意義なものでした。


■授業内容
各専攻ごとに授業形態はまちまちです。コミュニケーションデザインなどは様々な画像ソフトを学ぶと同時にデザインの勉強もしていきます。プロジェクト単位に課題を納め、その中で、地元企業からの依頼で広告制作などを請け負い生徒に募集をつのり、採用された生徒にはきちんと報酬を与えるようなプロジェクトも多くあります。

その他、版画・染色・彫刻・陶芸などひたすら手を動かして作業を進めていくものは、各フロアにあるスタジオで黙々とプロジェクトをこなします。通常1セメスター(1学期が約4ケ月)の中で出されるプロジェクトは7-8回。そのたびに新しい技法を学びながら作品の制作に励みます。通常授業内で制作が完了する場合はほとんど無く、締め切り間際になると、夜中にだんだんとスタジオにこもる生徒数が増えてきて、最終日などが他の専攻と重なると2-3日平気で泊まっている人も珍しくありません。


■学校内外の交流
ともかくアメリカの大学は実社会で役に立つような教え方をするので、地元の企業や地元社会と密接に関係しています。例えば、大学近所の画材店が集まっての共同公募展が年に1回開かれます。もちろん賞金も出るので参加する学生も多く、出展作品は大学構内の美術館に作品が展示されるというメリットもありかなり盛り上がります。例え入賞はしなくとも、無料で作品を発表でき、他人に見てもらえる機会ができるという意味では大変意味のある公募展です。また、地元に密着しているので、地元のカフェが新たらしいロゴキャラクターを探していて、ちょうどそれに合う作品を見つけた場合は、直接その作家と交渉してその権利等も含め購入することができます。もちろん大学には学生にはまだ難しい交渉や、契約等に相談に乗ってくれる窓口もあります。

教授人も実際アーティストとして活動している人が多く、地元のギャラリーを中心によく教授たちの個展やグループ展が開かれていました。プロジェクトの締め切り間際になると、教授たちも頻繁に生徒の様子を見に大学に足を運ばなければならず、その時間が持ったえないということで、私たちに混じって自分の作品を制作していました。そんなやり取りのなかで、どのギャラリーがどんな作家を探しているだとか、今度こんな公募展があるだとか、様々な情報交換の場ともなるのです。

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2006年07月25日

米国美術大学留学 その1

エジプトに旅行をしていて更新が遅れてしまいました。。
イスラム教圏を旅行するのは始めてでしたが、絶対的は神のもとに生活をしているイスラム教の人々はとても素朴で正直でした。滞在期間中にイスラエルのレバノン侵攻があり、宗教というものの奥深さと影響の大きさを感じて帰国しました。

さて、私が米国の美術大学へ入学した経過を簡単に説明します。
まず、高校時代に日本美術大学への入学を目指してアトリエに通い日々デッサンを学んでいました。私は東北地方の出身ですので、地元のデッサンを教えてくれる教室自体決して多くなく、毎日「これでいいのか??東京の人と受験で競る際、不足ではないのか??」「学びたい学科は何なのか?」などのたくさんの??を胸に過ごしていました。と、同時に小さなころから海外での生活にあこがれていたのもあった為、よく留学雑誌などを購入しで海外留学への道も模索していました。

そんな中、自身の語学力を試す為にTOEFLという語学テストを受けました。(現在はTOEICが有名ですが、海外の大学を目指す場合に大学から提出を求められるのはいまだにこのTOEFLです。)結果は380点と散々足るもので、どの大学お入学基準も満たせない状況でした。

美術系学科はTOEFLの評定基準が他学科よりも低く比較的入りやすい。入学の段階でポートフォリオの提出を求められえる大学はほとんどない、という点を確認し本格的に米美術大学進学への道を検討しはじめました。

それでも高校卒業と同時に必要TOEFL点(通常500点〜600点)を満たす自信がなかったために語学学校を併設した美術課を含む総合大学を探し始めたのです。カリフォルニア、ニューヨークの総合大学やパーソンズなども調べたのですがまずは授業料の高さ(私の卒業したテキサスの大学の2倍の授業料でした!)と生活費の高さが州によりかなりの差があることに気づき、授業料が安く生活費も安くすむがある程度認められた総合大学を探しました。結果、テキサスの大学への進学を決め渡航準備に入りました。そんな中、同じテキサス州内の大学が日本校を開設していたのを知り、そこで英会話や文法などの勉強をするために通いながら準備を進めました。

その学校ではある程度の語学基準を満たせば、英語の文法・英会話等細かく分かれた基準を全てクリアせずとも実際の米大学で利用できる学科の単位が取得でき、その単位も私の希望していた大学で利用できるとのことだったので、ひとまず入学。
晴れてアメリカの大学の大学生(仮)となったのです。(実際に渡米したのはその1年後)

結局、米大学入学の時点で学科を決めなくても、卒業までに必要な単位の中では数学・物理・国語等の必須科目も多くあるため最初の1年間はその必須単位だけをとり、その間に実際学びたい専攻を決めていけばよいので日本のように入学時点で専攻科目の決定をする必要はありません。最終的に単位を取り始めたときのTOEFLの点数は約420点程度。実際の授業の中で単語は増えていきますし、なにより実際会話をすることで語学力は飛躍的に伸びていきます。習うより慣れろです。

入学手続きはさほど難しいことはありません。高校の卒業証明書などの必要書類を英文で取得しなければなりませんが、留学斡旋機関を通し高い費用を払わずとも自分で十分できるものです。何よりも考えなければならないのは入学したい美術学校が総合大学内にあるのか、パーソンズのように美術のみの専門学校なのかその点をはっきりさせておくことが重要です。それによって入学後、どのようなことを学べるかに違いが生じてきますし、入学時点での審査基準も違います。パーソンズのような専門学校は入学時点でポートフォリオの提出を求められ、入学基準の難易度も高く専門性を求めるには適しています。ただ、周りにはアートを将来の仕事として考えている生徒や留学生も多い為、通常の総合大学で味わえるような様々な価値観をもった人間に会える機会は少ないかもしれません。
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2006年07月09日

アメリカの美術大学

もっと金銭的にも、精神的にも自由な環境で絵を描きたい!
そう思うアーティストも多いはずです。

私自身ギャラリーで勤務していますが、日本で絵を描き続けるのがどれほど大変なことか、ギャラリーの運営もままならない日本の環境のなかでアーティストが特に金銭的な余裕をもって描き続けるのはとても難しく、大変なことだと思います。その上、毎月、毎日の画材代を考えることなく制作に打ち込めるようになれる成功者はごくわずか。そう考える精神的圧迫だけでも大変な労力です。

そんな中、描き続けているわずかな仲間達も序々に1人、2人と普通に就職していくのです。描くという作業がいくら孤独で自分と向き合うものだと分かっていても「このままでよいのか・・」という目の前の不安を完全に払拭するのは難しい環境になっていきます。

じゃ、アメリカや海外ではアーティストはどのように活動しているのか?
どのような環境で描いているのか?

まずは、私自身の経験をもとにアメリカの美術大学がどんなところか、そしてその入学方法や暮らしぶりなどを紹介していこうと思います。

そしてその中から、アーティストがどのように生活しているのか、また社会的にどのように評価されているのかのわずかでも感じていただければと思います。
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2006年07月08日

アーティストであり、アート評論家であるということ 〜その2〜

私の絵に関して言えば、それらの絵は正確には私のものではありません。私の妻でモザイクアーティストであるEmma Biggsとの50%づつのコラボレーションです。絵は私が描きますが、レイアウトや色の構成などは私の妻の担当です。常に50%の対等な関係で、その担当が代わることはありません。私の妻が絵を描くことはありませんし、私は彼女の配色に関して決して口出すことはありません。私はよく、絵のある部分に関してなぜ、そのように描かれているのかきちんと理解せずに描くことがあります。そして、そのなぜの答えが描き終わったはるか後に「Logic」として結びつくのです。

絵は「idea」ではなく真の「visual」なものであるので、「Logic」は語弊を招く言葉かもしれません。しかしその一方ではvisual intelligenceという言葉もあります。私たちは焦点をあてたり、内から光あてたりなど、どのように絵をよく見せるかを考えます。私たちの狙いは、緻密に構成された中世のフレスコ画のように絵を描くことです。そして、その絵の中から見つけ出した本当の絵の価値を文章で具現化するこで視的価値の重要さと結びつけるのです。

私は絵を描くということに関して、あまり自分の考えからかけ離れないようにしています。以前、修士課程を学ぶために大学へ戻った時、教授から違うアイディアを重ねていくのではなく、アイディアを考え抜くようにというアドバイスを受けました。しかし、その結果そのアイディアはだんだんと溶け出していきました。それはもしかしたら、私の評論家としてのものの見方のせいで、様々な可能性を取り入れすぎた結果だからかもしれません。それからは自分の絵に関してどのように評価するかの判断は他人に委ねることにしたのです。

批評家にどのように判断されるのか、怖くないのか?もちろん!私は、自分自身に対する素晴らしい批評を何度も何度も心の中で繰り返しています。「アート界の異端児!力強く、世界中が納得する作品。Emma Biggsの繊細な色使いと Coliingの
目を見張る大胆な発想。その2つか溶け合ってアート界に旋風をおこす!!素晴らしい!」

現実は痛みを伴うものかも知れません。でも、その分まだ夢を見つづけることができるのです。私の絵の部分から批評部分が削ぎ落とされて始めて本当のアーティストになったような気がします。


6/14 Times On Lineより
Matthew Collings 著
posted by takita at 05:08| Comment(0) | TrackBack(0) | news | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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